〜ややこし哉〜



京の街は、寺社仏閣が事の他好きな百介にとって、心躍る場所だ

日がな一日、あちらこちらと見て周っても、見る場所が尽きる事が無い。
しかも江戸の街と違って歴史が古い。
参拝した先の故事来歴を聴くだけでも、相当な時間がかかる。

汲めども尽きぬ泉のように。
次から次へと不思議な逸話が語られる。

百介は、まるで宝の山を見つけた子供のように、浮かれていた。


今も、訪れた寺の住職から、これでもかと謂う程聴かされた逸話を反復しながら、百介は歩いていた。
辺りは黄昏れて、擦れ違う人の顔もはっきりとは判別できなくなり始めた、そんな時刻。

りん。

思いかけぬその音に、顔を上げる。
寺塀の続く辻の先、薄闇の中にその姿はあった。
「又市さん。偶然ですね。貴方も京に?」
つい足早に駆け寄りながら、頬が緩むのがわかり、百介は知らず顔が熱くなる。
「どうしやした?先生。顔が紅いですぜ」
又市は横に並んだ百介を、視線だけ動かして見上げ、揶揄かうように問うた。
「ああ、これは〜・・・」
随分と歩き回ったんで、暑いんですよ。と殊更素っ気無く応える百介に、又市の頭が僅かに向く。
「本当に先生は、寺社仏閣がお好きですねぇ」
くつくつと笑いを含んだ声で言われて、更に百介の顔は熱くなった。

「そう言う又市さんは、如何してここに?」
「さぁて」

(やつがれ)は札撒き御行。気が向けば何処へでも行きやすぜェ

はぐらかす様なその答えに、仔細は問わぬ方が良いのだと、そう・・・
そう察して、百介は悲しくなった。
小股潜りの二つ名を持つこの男が、あたら物見遊山で江戸以外の土地を訪れる訳が無い。
ならば仕掛けのためだ。
百介には、何も知らされていない。
当然だ。部外者なのだから。

しかしそれが、悲しく思えてしまう自分が居る。

「先生?」
伺うような又市の声。それがまた悲しい。

いったい自分は、如何なってしまったのだろう。そんな事をぼんやり思った。

「あァ、随分と御疲れの様だ。早く宿にお戻りなすった方がいい」
「ああ、違います」
又市の声を遮り、百介は『照れた様に』笑う。
「実は、御腹空いちゃって・・・そうだ、又市さん」
「へい?」
「どうです?偶には私に、付き合っては下さいませんか?」
「付き合う・・・?」
「夕餉ですよ。夕餉。それとも、もうお済みですか?」
「いや、奴は・・・」
「じゃあ行きましょう。私はもう、御腹ぺこぺこです」


江戸と違い、京の街にはそうそう屋台店というものが見あたらなかった。
それ故、百介は又市を伴って手近な茶屋へと入った。
小座敷に落ち着いて、適当に料理を頼む。
出てきた料理は、江戸とは違う味付けで、見た目もまた綺麗だ。
「あ。これ美味しいです。又市さんも食べて下さいよ」
「奴は、こっちで」
手にした徳利を振って見せた。

「で?何か面白ェ話は、有りやしたか、先生」
「それがもう、凄いんですよ〜」
少々酒も入り、百介は問われるままに今日の『収穫』を話した。
「確かに京は、他の土地とは違いますね。故事来歴がいっぱいで」
「古い街でやすからねぇ」
話す内、聴かれる内に百介は、先刻のうきうきと浮かれた気分が戻ってきた。
「ああ、そう言えば・・・」
何です?と、百介の意味有りげな声音に、又市が問い返す。
「百鬼夜行を、尊勝陀羅尼の経で遣り過ごした話を聞きました」
「ほぅ・・・」
又市の目がすっ、と細められる。
「その経、お聞きになったんで?」
「ええ。尊勝陀羅尼といえば、又市さんがお使いになってるお札も、そうなんでしょう?」
霊験あらたかなお経ですから、是非にと頼んで聞かせて貰いました。と百介は微笑んだ。
「確かですね・・・担闥多部多句致 跋哩・・・」
「おっと、先生!」
鋭い声が、経を唱えようとする百介を制止する。
「奴の前ェで唱えねぇでくださいやし。何しろ奴は」

化け物ですから

そう言って又市は、陰惨な笑みを口の端に刷いた。
「またそういう事を。何です?消えてしまうとでも言うんですか?」
酒の上の冗談と取ったのか、百介の口調は軽い。
「それなら宜しゅうございやすがね。そんな事より気懸かりなのァ」
「何です?」
又市は笑みを刷いたまま、声を潜めて先を続ける。
「正体現して、先生を喰らっちまうかも・・・しれやせんぜ」


僅かな沈黙の後、百介が息をひとつ、吸い込んだ。
そして。
静かに経を唱え始めた。

  尾戌駄野 尾戌駄 娑麼娑麼三満・・・

又市は俯いて、その顔は見えない。ただ確乎座っている。

ゆらり・・・と、部屋の灯が揺らいだような気がした。
一陣の風が吹いたと。
・・・そう百介は思った。
いつの間にか閉じていた目を開ける。
すると。
「え?」
見えたのは又市の顔。
これ以上無いと言う程近くにあった。
目が、昏い光を湛えている。それが眇めるように細められ、次いで唇が。
百介のそれに重なった。

貪るとは、こう謂う事かと・・・
角度を変え、何度も唇を合わせ、より深く。
舌を絡められ、執拗に口内を蹂躙される。
息のひとつも逃さぬようにと追い立てられて。

嗚呼、このまま私は喰らわれるのだと。

頭がくらくらした。







「・・・先生」
呼ぶ声に目を開けると、座敷の畳に組み敷かれていた。
襟が乱れ、肌蹴て露わになった胸の上に、白い御行の衣が覆いかぶさる様に広がっている。
その様が、何故か妙に嬉しくて。
百介は微笑んだ。
「先生」
又市の声。
自分を呼ぶこの声が、好きだと思う。
少し困ったような、又市の深い声。
「少しゃぁ詰るか、喚くかして頂かねぇと困りやす」
「どうして・・・ですか?」
「どうしてって・・・先生。こんな御行乞食に手篭めにされかけて」

そんな幸せそうな顔されちゃァ、堪りやせんぜ

そう言って溜め息をついた。
「いけませんか?」
「いけやせん。退き際を見失っちまう」
「見失って下さい」
「先生・・・」
「どうか私を、喰らって下さい」

連れて行って貰えないなら

いっそ

髪の毛一筋も残さずに

「参りやした」
「又市さん・・・」
「先生の思い切りの良さにゃあ、奴も敵いやせん」
「駄目ですか?」
百介は、促す様に自分に覆い被さったままの又市の背に両手を回す。
逃がさぬ様に。
そんな百介に向ける、又市の顔は複雑な表情をしていた。
「どんなに喰らいてェと思ってもねぇ。先生」
「はい」
「心底喰らいてェと思うからこそ、喰らえねェって事も・・・有るんでごぜぇやすよ」
深い、夜気に渉る気配のような又市の声が、百介の身体に沁み込んでくる。
「ややこしいですね・・・」
「その通りで。ですからね、先生」
「はい」

これからもきっと、いろいろありやすぜぃ


耳元で囁かれた声に、百介は幸福そうに笑った。




〜了〜


                                                  ・へ



え〜と・・・・

『百介センセに真言唱えて貰おう』第2弾!
または又市さんの逆襲〜!ギャオー!!
いや失敗してるけど。

真言と経文の区別ついてません(爆)

場所は都合により京都ですが、別に「帷子辻」絡みってわけじゃありません。
でももし、あれ絡みなら、仕掛けする前って事で。


元の話は「今昔物語」だったかな?
夜。貴族の男が、姫の所に通う途中、百鬼夜行に遭遇。
慌てて神泉苑の塀の中に隠れてけど、匂いでばれて。
でも姿が見えないと、鬼たちは行ってしまう。
実は心配した乳母が、男の着物の襟の中に尊勝陀羅尼を書いた紙を
縫いこんでおいたと。
だから鬼たちには、姿が見えなかったと。

「ここに尊勝陀羅尼の在りつるよ」と慄いて逃げてったからさ。鬼。
霊験あらたかなんでしょうなぁ・・・

そんなん持ってて大丈夫なんか?又市さん。自分が調伏さr(強制終了)


<04,02,06>













SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送