afternoon tea
薔薇と紅茶の午後

ウェブスター卿から、招待状が来てるって?」
「ああ、アフタヌーン・ティのな」
 相棒のダニエルがいつもどうり、少しシニカルな態度で封筒を差し出す。

「どうして?」
 受け取った封筒を眺めつつ、キートンは聞き返した。

「さぁ・・・先日のヤツ、ワイルドの初版本を取り返して差し上げたのが、お気に召したんだろ」
「しかしあの件は、ダニエルも一緒に調査したじゃないか。・・・なぜ、私だけ?」
「そんなこた、わからんよ。まぁ、たとえ招待状が来たとしても、俺はオッサンと午後のお茶する気にはなれんがね。俺の好みじゃないんだ。ウェブスター卿は」
「ダニエル〜」
 温和そうな顔を思い切りしかめて、非難の態度を示しているキートンにお構いなく、ダニエルはデスクの向こうで書類を読み始める。
「ま・・・そんなワケだから、よろしく頼むよ。キートン」
 顔も上げずに言う相棒に、キートンは封筒を手にしたまま、ため息をついた。


 由緒ある家柄のウェブスター卿の住まいは、イギリス各地にいくつかあったが、その日キートンが招かれたのは、ロンドン郊外に建つ、コテージ風の屋敷だった。
 広い敷地に色とりどりの薔薇が咲き乱れて、まるで薔薇に覆われた隠れ家のようにも見える。
「いやぁ、素晴らしい薔薇ですね」
 通された部屋の窓から庭を眺め、お世辞でなく、キートンは言った。
「そう言ってもらえると、庭師が喜ぶよ」
 午後のお茶のための準備が整ったテーブルの前で、ウェブスター卿がにこやかに応える。
「さぁ、キートン君。こちらへ」
「はぁ・・・」
 キートンが席に着くと、執事とおぼしき年配の男性が、ティ・コジーを被せたポットから、紅茶をカップに注ぎ、一礼して部屋から出て行った。
「どうしたね?」
 少々落ち着かない様子のキートンに、ウェブスター卿が尋ねる。
「え?ああ・・・ご家族の方は?ご一緒じゃないんですか?」
「ああ・・・」
 そんな事か・・・と言うように、ウェブスター卿はかぶりを振った。
「あの・・・」
「まぁまぁ、キートン君。いらん気遣いは無用だよ。今日は私しかいない・・・まぁ、なんと言うか・・・ここは、私個人の屋敷でね」

「はぁ・・・」
「君も男ならわかるだろう?男ってのは、いくつになっても、秘密基地とか隠れ家とか、そんなものに憧れるんだよ」
「はぁ・・・」
「そんなわけだから、遠慮せずにくつろいでくれたまえ」 
 いつにもまして上機嫌のウェブスター卿に促されて、キートンは諦めたようにティ・カップを手にとる。
 湯気が、きれいな水色を見せて揺れる紅茶から立ち上る。
「プリンス・オブ・ウェールズですね。いい香りだ・・・」
「わかるかね。私の自慢のリーフだよ。畑をひとつ、所有していてね。ああ、ミルクはどれにするね?ヨークシャー種、デボンシャー種、どれも私の牧場直産のものだ」


 なんだかんだと自慢話を聞かされただけで、ティ・タイムは終わってしまったような気がするなぁ・・・・・
 ・・・なんて事を思いながら、キートンは辞去するタイミングを探っていた。
 しかし、そんな事にはお構いなく、ウェブスター卿は薔薇を見に行こうと、庭に誘う。招待された身でもあるし、『お得意様』でもある事だしと、キートンは後に続いた。
 少し傾きかけた陽の中で、薔薇は咲き乱れていた。よほど庭師の腕がいいのか、皆、見事な花ばかりだ。
「オールド・ローズがたくさんありますねぇ。お好きなんですか?」
「そうなんだ。しかし、家の者は、もっと品種改良された大輪のものを好んでいてね。女の求めるものと、男の求めるものは違うらしい・・・」
 ふっ・・・と、憂いを帯びた表情を、卿は見せる。
 男女の機微に関しては多分に疎いキートンは、何もコメントできずにまた薔薇に目をやる。
「へぇー。『バロン・ジロー・ド・ラン』ですか。こんなに覆輪がはっきりしているのを見るのは、初めてです。すごいですね」
 紅い花弁を縁取るように、白く覆輪の入った薔薇の前で立ち止まり、花に顔を近づけ、香りを確かめるキートンの様子を、ウェブスター卿は目を細めて眺めていた。
「なんです?」
 卿の視線に気づいて、キートンは少し気恥ずかしげな顔で、問いかけた。
「いや、君は素晴らしいね!」
「はい?」
「今まで何人もの探偵に会ったが、君のような者は初めてだよ」
「そうですか?」
 そんなに何度も盗難に遭ってるのか?この人は・・・と、呆れたのはおくびにも出さない。とりあえず、いつもの人当たりのいい笑顔で相槌を打っておく。
「まったく、他の連中ときたら、教養の欠片も無い。中には知性のまったく感じられない者もおった。暴力の世界で生きていると、あんなふうになってしまうにだろうか」
「さぁ・・・それは・・・」
 幼なじみで、国中に名を知られた探偵の顔を思い出して、ちょっと微笑む。
 たしかにチャーリーはやる事は荒っぽいし、見た目もごつい。でも、芸術だってわかるし、第一、母親を大事にしてる。他の連中だって、見た目だけじゃわからない。きっと・・・
「そこへいくと君は・・・」
 ウェブスター卿は、キートンの肩に手を置いて先を続ける。
「ティ・タイムの間中話していても、少しも私を飽かせる事が無かった。話題が豊富で、しかも、紅茶や薔薇にも造詣が深い」
「いやぁ・・・そんな事は・・・」
 いつの間にか肩を抱くように回された手を気にしながら、キートンは応える。
「あの・・・ウェブスター卿?」
「それに、その、君の瞳」
 卿はキートンの問いかけなどお構いなしに、先を続ける。
「君の瞳のその深みは、東洋の血が混じっているせいなんだろうね・・・実にミステリアスだ。東洋の神秘と言うに相応しい深い色だ・・・」
「ちょ・・・ちょっと・・・あの」
「肌の肌理の細かさも、我々とは違う・・・何故だろう・・・これがオリエンタル・マジックというものなのかね?」
 卿の声は熱を帯び、肩を抱いたまま顔を覗き込んできた。
「いや・・・それは・・・それよりですね」
「キートン君!」
「・・・はい」
「私は君の事を、もっと知りたい。いいだろう?」
「はぁ?」
 ほとんど反射的に動いていた。
 一瞬の後には、体を引き寄せてキスしようとする卿の腕をつかんで、後ろに捻り上げていた。
「キ、キートン君っっ」
「すみません。ちょっと約束がありますので、これで失礼させて頂きます。本日は、お招きありがとうございました」
 腕を捻り上げたまま、それでもニッコリ笑って挨拶すると、手を放すが早いか、一目散へと出口に向かってダッシュした。


「ダァニエール!!」
 事務所に帰ったキートンは、肩で息をしながら、帰り仕度をしていた相棒を睨みつけた。
「おお、キートン、帰ったか。で?どうだった。ウェブスター卿とのティ・タイムは」
「あんたは、知ってたんだろう?」
「何を?」
「ウェブスター卿が、その・・・ゲ・・・ゲ・・・」
「ゲが、何だって?」
 しれっとした顔で聞き返すダニエルを前に、キートンの方が紅くなって口ごもる。その様子を見ながら、ダニエルに顔に例のシニカルな笑みが浮かんだ。
「ふーん・・・やっぱり、あの噂は本当だったのか」
「噂?」
「なぁに・・・ウェブスター卿は、オスカー・ワイルドに心酔する余り、同じ趣味にはしってしまった・・・っていう噂さ。特に黒い瞳のお相手が、お好みらしいって事だ」
「ダニエル!知ってたんなら、どうして教えてくれなかったんだっっ」
「何かあったのか?」
 意地の悪い笑みをわざと浮かべて、ダニエルが訊いてくる。
「いや・・・別に・・・何も・・・」
「なら、いいじゃないか」
「しかし・・・」
 不機嫌そうに口ごもるキートンに、ダニエルはニヤリと笑いかける。
「まぁね。あの招待状が来たときから、そんな気はしてたがね」
「だったら、どうして!」
 元、英国特殊空挺部隊のサバイバル術のエキスパートという実際はともかく、見かけが穏和なのであまり迫力は無いのだが、それでも不機嫌さ全開で詰め寄ってくるキートンに、ダニエルはさらりと答える。
「だって、あんた、自分の身ぐらい自分で守れるだろ?なんたってプロなんだから」
「・・・・・・・・・!」


 今からデートなんだvvと、軽いステップで去ってゆくダニエルを見送りながら、キートンは大きくため息をついた。
「百合子たちにはこんな事・・・絶対、話せないな・・・」
 
 世の中には、いろんな意味での『危険』があるもんだと、妙に納得してしまったキートンだった。

 <afternoon tea>
end


キートンさん、ごめんなさい・・・(^^;)
でも、貴方だったら絶対大丈夫だよね〜。
ねっ?ねっ?

1999,01,31--2003,02,26




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