〜瓶 覗〜



りん。

その鈴の音を待ち受けていたかのように、窓の障子は開いた。
江戸でも五指に入るであろう大店、蝋燭問屋生駒屋の離れ。
「又市さん」
まだ年若い離れの主は、訪れた相手をそう呼んでにっこりと笑う。

ああ・・・まったく・・・

その笑顔を向けられる度、又市は心の内で嘆息する。

そんな顔を、奴
(やつがれ)みてぇな者に見せちゃあいけぁせん・・・

あまりにも無防備な笑顔
裏街道を行く小悪党には目の毒だ・・・
思わぬ悪心が涌いちまう・・・

内心の想いは面に出る事は無い。
それぐらいの事が出来なくて、何の二つ名だ。


いつもどおりの押し問答の末、結局、中に忍んで上がる。
そんな自分を、ただ哂う。

嗚呼・・・
本当にこの先生相手だと、分が悪い
口から生まれた『小股潜り』の筈なのに
何故巧くかわせない?

「又市さん。どうされました?」
何か深刻な顔、なさってますが・・・と、心配そうに覗き込む顔。
それをまともに見返せず、その背後へと目を流せば。
埃くさい書物文書の山、山、山。
この離れの主、大店生駒屋の若隠居の百介は、
店の身代に未練は無くとも、好事家だった先々代が残した膨大な文書類とは別れられない
と、真顔で言うのだ。

だから、だぜぃ・・・

と、首を振る。

「何か・・・ありましたか?拙い事でも?」
「いえ先生・・・何でもござァいやせん。ただ・・・」
「ただ?」
「相変わらず、凄ェ本だな・・・と」
「いやぁ〜・・・」
百介は離れの中を見回して、照れたような困ったような顔をする。

私はここで育ちましたから
まったく気にならないんですよ

そう言って笑った。

さもありなん・・・

この先生は書物文書に囲まれて
身過ぎ世過ぎの塵芥
それとは無関係に生きてェいなさる
手前ぇとは違う世界のこの御仁にゃァ 
どんな手管も効きゃしねぇ・・・

そう・・・自分に語り、騙り込む。


その実、それが理由じゃ無い事は、嫌と謂うほど解っていた。

「紺屋の白袴・・・ってェヤツかぃ?」
「何です?」

不思議そうな顔の百介に又市は
何でも無ぇですよ・・・と囁いて
他では見せない笑みを向けた。










〜瓶覗〜
  :薄い青色の事  
   なんかお題と違うような・・・(汗)  巷説、初小説。玉砕の感満々・・・


<03,12,25>











SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送