曝 涼 


一つ仕掛けの終わった帰り道。
急ぐわけでもない道程の途中、雨に降られた。
又市、おぎん、長耳の三人と、百介は、折りよく有った破れ寺で雨宿りと相成った。
急の事とて当然何の準備もなく、手持ち無沙汰に時間が過ぎてゆく。

すると百介が、『荒神さん』をしないか?と持ちかけてきた。
「荒神さん?なんでぇ、そりゃあ?新しい講か何かかい?」
長耳の怪訝そうな呟きが、皆の気持ちを代弁しているのを見て取った百介は、嬉々として説明を始めた。
「荒神さんは・・・というか、正しい名称は何なのか解りませんが。とにかく占いのようなモノのようなんです」
まず、『いろは』の文字や丸やらバツやら書いた紙を用意する。
その上に銅貨を置き、それを指で軽く押さえて、荒神さんを呼び出す言葉を唱える。
するとその銅貨が勝手に動いて、訊きたい事に答えてくれるという事らしい云々。
「銅貨が勝手に文字の上を、かい?眉唾っぽいねぇ」
「いいいいや。そうは言いますがね、おぎんさん。記録にはこう、ちゃんと動いたと・・・」
おぎんが肩にかかった髪を払いながら流し目に見て呟くのに、百介は真っ赤になってさらに言い募った。
「しかし、先生」
「はい?」
それまで面白そうに、その様子を見ていた又市が声をかける。
「なんでまたァ急に?どこぞの誰かに、何か吹き込まれでもしやしたかい?」
揶揄を含んだ又市の言葉に、ひどいなぁ・・・と百介は照れたように笑った。
「実は先日、虫干しをしたんですよ。そしたら、奥の方から、これについて書かれた本が出てきましてね」
それで試してみたくなったと云う訳だ。
「一人でやってみれば、いいじゃないか」
おぎんの応えはにべも無い。
「いやぁ・・・それはそうなんですが・・・」
やはり一人じゃ、今ひとつ興が乗らない。
「本当は。怖いんじゃねぇのかい?先生」
「長耳さぁん。それは無いですよ」
拗ねたように言うものの、図星だったのか勢いが無い。
「呼ばれて来るのァ、妖しかも…しれやせんぜ。先生」
「又市さん・・・」
「それでもやってみたいと・・・?」
陰に籠もった声で問う又市に、一瞬飲まれかけたものの、百介はにこりと笑った。
「あああ、そーゆー時はですね、ちゃんとお祓い用の真言も記してありました」
あァそうですかい、と謂わんばかりに、又市は溜め息をつく。
「とは言え、こんな処に紙の用意なんざありま・・・」
「紙なら、ここに!」
又市の言葉を遮るように百介が懐からだした紙には、しっかり『いろは』や丸バツが書かれて有った。
「わかりやした・・・お付き合いさせて戴きやしょう」
満面の笑みを浮かべる百介に、三人は溜め息混じりに頷いた。



さて。
雨に降り込められた破れ寺の本堂の中。
板敷きの床に四人が車座に座っていた。その中央には一枚の紙。
紙には文字やら丸バツやらが書かれていた。
その上に置かれた一枚の銅貨に、四人は人差し指を乗せていた。
「それでェ?先生は、何をお訊きになりたいンで?」
「そうですねぇ・・・」
とうに訊きたい事など決まっているだろうに、百介はとぼけた様に言葉を濁す。
「まずはこの雨が、いつ頃止むかを訊いてみましょうか」
軽い感じで呟いて、百介はブツブツと呼び出しの言葉を唱え出した。
「えーと・・・荒神さん、荒神さん。おいででしたらお知らせ下さい。丸の上へお動き下さい」
つい・・・と。
銅貨が紙の上を滑る。
「・・・動いたァ!」
百介が、子供のように感嘆の声を上げた。

まったく、この先生は・・・

他の三人は、顔を見合わせて溜め息をつく。
なんのかんの言っても、皆、百介には甘い。
こんな子供騙しな事で百介が喜ぶなら、まぁいいか・・・という気になっていた。


いくつかの他愛無い問いの後、百介が居住まいを直すように咳払いを一つした。
そして・・・
「私は・・・いつまで・・・皆さんといっし・・・わぁ!おぎんさん!?」
突然、おぎんが紙の上に突っ伏して、身体が震え出した。
低い唸り声も聞こえる。
「ど、どうしたんですか?おぎんさん!どこか具合でも」
あたふたと、その身体を抱きおこそうと手を伸べる。
「こりゃあ、いけァせんぜ。先生」
「え?」
百介の手を差し止めて、又市はその顔を下から覗き込む。
「やはり呼ばれて来たなァ、妖しだったようで。おぎんの奴ァ、そいつに憑かれちまったんだ」
「そんなぁ・・・!」
おろおろとする百介に、又市は先を続ける。
「先生!こんな時のために、なんかありがてェ真言だかが、有ったんじゃないんですかい?」
「え。あ、はい、はいっ!」
ごそごそごそ。がさがさがさ。
いつも下げている、聞いた話や何やらを書きつけた帳面を入れておく物入れを急いでかき回すものの、見つからない。
「どこに行ったんだ?確かにここに・・・」
「先生!どうしやした?」
「見つからないんですよぉ。真言を記した紙が」
「早くしねぇと、おぎんァ戻れなくなりやすぜ。どんな真言だったか、覚えてねぇんでやすかい?」
「えええ〜と・・・確かぁ」
探す手を止めて、百介は頭を掻き毟る。
「そ、そうだ!臨!」
中指と人差し指を、突っ伏しているおぎんに向けて、びしっ!と突き出した。
「兵、闘、者、開、陳、裂、在、前!」
さぁどうだ!と謂わんばかりの百介の前で、おぎんの身体が一際大きく痙攣し始める。
「うわわわわ!おぎんさ〜ん」
今にも泣きそうな百介に、又市の声が飛ぶ。
「先生!効いてるようだ。取り憑いた妖しが中で苦しんでる。他にゃァ何か、無かったんでやすか」
「はい。え〜〜っと・・・」
オン!呵呵呵・・・と、うろ覚えのままの真言を唱えだす。
その様子を長耳がニヤニヤしながら見ている事には、必死になっている百介は気付いていなかった。

どれ位そうしていたか___
雨音はいつしか止んで、夜の帳が辺りを覆い始めていた。
突然、百介の声がぱたりと止んだ。
「先生?どうされやした」
俯いたまま、又市の呼び掛けにも応えない。
「どうしたい?先生よぉ」
身じろぎひとつしない百介の肩に手をかけて、長耳が顔を覗きこむ。
「おっとぉ、こりゃいけねぇ。先生、白目剥いてなさるぜ」
「何だとぉ?」
ちらりとおぎんに目を向けると、床に突っ伏したまま、おぎんは小さく舌を出した。
「やり過ぎっちまったかねぇ・・・」
くすりと息をもらして、おぎんは身を起こす。
「ああもう、まったく。この先生はァ。ちょいと揶揄かってやろうとしただけなのに、すぐムキになるんだから。何も気ィ失うまで必死にならなくても、いいじゃないかァ・・・」
(あたし)のためなんかにさ・・・と呟いた。
「ま、そこがこの先生の、いいところだけどよぅ」
違いないねぇと和む二人を尻目に又市は、俯いたままの百介の顔を、下から覗きこんでいた。
「先生?先生。大丈夫でやすか?せ・・・」
突然。百介の両腕が伸びて、前にいた又市の身体を抱き込んだ。
「な、何しなさるんで!」
ふふふふふふふ・・・と、日頃の百介からは想像もつかないような、地を這うごとくの低い声で笑いながら、さらに又市の身体を引き寄せ、頬擦りをする。
すりすりすり。
ごろごろごろ。
まるで猫だ。
「おやァ?こんだ先生に何か、取り憑いちまったかな」
「そうみたいだねぇ」
いち早く間合いをとった長耳とおぎんは、呑気なものだ。
「おや・・・雨は上がったようだねぇ」
「おう。そうだな」
「こら!おぎん。長耳。見てねぇで、何とかしろい!」
百介に床の上に押し倒され、吼える又市を無視して、長耳とおぎんは本堂の扉を開け外を伺った。
「それじゃぁ俺たちゃ、先に行って宿でも捜しとくからよ。頑張んな。又公」
「先生を、ちゃんと正気に戻してやりなよゥ」
じゃあな、と出て行く二人をさかしまに見送り、又市は、百介に組み敷かれたまま大きく息を吐いた。
「・・・先生」
ごろごろ。すりすり。
返事の代わりに頬擦りが。
次にぺろりと舐められた。
まさか殴り飛ばすわけにもいかず又市は、百介のされるままになっていた。
さりとてそれが、不快というワケじゃあ無い辺りが。

困り物だァね・・・

そう、又市は内心ごちた。
もうこの辺が退き時と、百介の身体を押し返す。
「本当に何か憑いたンでございやしたらァ、奴
(やつがれ)は先生を御行しなくちゃァなりやせん・・・」
だから・・・戯言はこの辺で・・・
そう言いかけた口は、百介の唇に塞がれた。
おずおずと、それでいて強硬に重なってくる唇に、又市の目が大きく見開かれる。
それを見返す百介の目は、一点の曇りも無く澄んでいた。
「御行・・・できるものなら、して下さい。この憑き物は、そう簡単には祓えませんよ」
僅かに離れた唇が、そう言の葉を紡ぐ。
「さぁ・・・それはどうでやしょう・・・」
「無理ですよ・・・」

絶対に。

そう呟いて、また唇が重なるのを、又市は拒まなかった。



結局、又市たちがおぎんたちと合流したのは夜が明けてからの事。
何やら、百介は吹っ切れたようにご機嫌で。
又市は相変わらずの、人を食ったような顔をしていた。
「先生。ご機嫌じゃないかぁ。もう気分はいいのかい?」
「ええ。ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「まったく。世話の焼ける先生だよォ」
「あ、それは無いでしょう。おぎんさん。だって最初はおぎんさんが・・・」
もぞもぞと言い募る。
「わかってるさ。悪かったと思ってるよォ、揶揄かったのは。でも元はといえば、先生が変な物ォを始めたからだろ?」
「ええまぁ・・」
反省してますと、百介は頭を掻いた。
「先生」
又市の呼び掛けに、はい。と応える百介の声は今までに無く嬉しげで。
「何です?又市さん」
「いえね、先生」
首を傾げるように自分の顔を覗き込む百介に、又市は先を続ける。
「虫干しするのは結構でやすが、あんまり変なモンばかり、見つけねぇで下さいやし」

御行するのが、大変だァ

その言葉に真っ赤になった百介に、又市は人の悪い笑みを返して歩き出した。




〜了〜



『曝涼』とは虫干しの事。

百介さんトコ、ちゃんと虫干しとかしてるんでしょうか?疑問・・・
和紙に墨。どちらも天然素材ですから、蟲に喰われんじゃないかと。

それはともかく。
これは友人とメールしてて出来た話。
『嵌るとヤバイから、巷説のアニメは見ない』と言っていた友人は、夜中にTVで遭遇。
速攻ビデオ攻撃で嵌めてやりました(大笑)

元ネタは、百介さんの声が彼だった事から。
いや〜。彼と言えば「孔○王」。あの長い真言を澱みなく唱えられるのはスゲ〜!ですよ。
そんなワケで百センセにも唱えて欲しかったんですが、きっと失敗するだろうな・・・と。
そんで逆に憑いちまうんだ〜!と、こう・・・
「又さんに、すりすりごろごろ」とは友人の弁。
ええもう、そんな事できるのは百介先生だけですから。

ふ・・・百又ですよ。もう・・・
こうなりゃ御行覚悟の鯵の開き直りでございやすってば!!


<04,01,21>











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