〜ご注意〜
オヤジの臍下三寸談義の模様(笑)
意味の解らない方はお戻り下さい







〜決め手搦め手蚊帳の中〜 −壱− 

            −1−


 温かく湿った物が、腿の内側を這うのが分かる。
 酷くゆっくりと、しかし的確に目的を持って這って行く。

 ――ぬらりと。

 快楽の華が咲き、蜜の滴る予感に身体が震えた…


「軍八郎!」
「…え」
 突然、大声で名を呼ばれ、山岡軍八郎の意識は泥に沈むような快楽の底から浮上した。
「どうした!」
「え…あ…?田所…?」
 自分を上から覗き込む顔に、状況が掴めず、暫し呆然とする。
「どうしてお主が…此処に?」
 見回せば、いつもの自宅の寝所。蚊帳の中だ。何故、江戸の定町廻り同心の田所真兵衛が居るのか解せない。
「何を呆けておる。拙者は昨日碁を打ちに来て、そのまま泊まったのだろうが!」
「え…?」
 そういえば…と記憶を辿る。
「ああ…そうだったな。済まぬ。田所」
 起き上がろうと半身を起こして、酷く寝乱れた様子に気付いた。大きく肌蹴た襟。乱れた裾。夜着は辛うじて腰紐に引っ掛かっている状態だ。
「これは…」
 羞恥に頬を染め、慌てて身繕いをするのを、田所は黙って見ていた。
「田所…」
 言葉が続かず、目で問い掛ける。
「夜半過ぎにな。お主が突然…その…酷く魘され始めてな」
 それで声をかけたのだ、と田所は続けた。
「魘されて・・・?」
 反復する軍八郎の口元が自嘲に歪む。
「そうでは無かっただろう?田所…拙者は」
 喘いでおった筈だ、と呟いた。
「軍八郎…」
 田所の視線を避けるように、軍八郎は居ずまいを直した。
「わかっておるのだ。これが初めてでは無いのでな…」
「何?」
「此処の所、頻繁に…な。何やら夢を見ておる様なのだが」
 内容は覚えていない。
「それで…大事無いのか?」
「ああ」
 ――ただ。
 凄まじいまでの快楽が。

 夢の残滓が、起きた後も纏わりついているようで。

「おいっ!」
 田所の声に我に返る。
「ああ、済まぬ。何やら頭に暈がが懸かっておるようでな…」
「何か…思い当たる節は無いのか?」
 気遣わしげに手が肩に置かれ、顔が覗きこまれた。
「く…」
 たったそれだけの事で身の内の熱が蘇り、吐息が零れる。その熱を持余し、軍八郎は田所の胸に身を預けた。
「うお?」
 驚きながらも突き放そうとはせず、そのままやんわりと抱き寄せられた。安堵の息が漏れる。
「済まぬな…」
「…お主…」
「…んん?」
「辛そうじゃな」
 返事の変わりに、熱い息が頬を撫ぜる。
「物の怪にでも憑かれたか?軍八郎…」
「そうやも…知れんな…」
 思い当たる節があるのか、軍八郎は小さく呟いた。


               −2−


 八王子から戻った田所は、京橋の蝋燭問屋、生駒屋を訪れた。
 江戸で五指に入るこの大店の離れには、軍八郎の実の弟、百介が居住している。
 和書漢籍に精通し、迷信俗信、儀礼信仰などにも通暁し、古今東西の奇怪な出来事に関し、一家言持っている。更に諸国を漫遊し巷説奇談を集め歩いている男だ。
 軍八郎の身に起きた怪異にも、何か対処の方法を知っておるのでは・・・と田所は考えていた。
 勿論、本人には黙っての訪問だ。軍八郎にすれば、実の弟にあの様な事は知られたくは無いだろう。
「これは田所様。御呼び下されば、こちらから出向きましたのに」
 突然訪れた同心に、百介はあたふたと離れの中を片付ける。当の田所は、余りの書籍文書の多さに驚いて、暫し呆然と立ち尽くしていた。
「田所様?」
「おお、済まぬ。百介。急に訪れて悪かった」
「いえ…ただその」
 散らかっておりますので・・・と言いながら、何とか二人分の場所を確保した。
「実はな、百介。ちと訊きたい事があるのじゃ」
 出された座布団に座るが早いか、田所は口火を切る。
「な…何で御座いましょう?」
「うむ。その、夜にな…閨の中に訪れる妖物は居るのか?」
「ね、閨に…で御座いますか?」
 自らを朴念仁と言って憚らない百介の顔が、一気に紅くなった。声が裏返っている。
「そうなのじゃ。度々現れては、何やら快楽を伴う夢を見せて行くらしいのだが…聞いた事はあるか?」
「ええええ?いやその…それはどういう〜…?お役目の筋で?」
「いや、お役目では無い。実は拙者の知り合いがな、ここ最近妙な夢を見るそうなのじゃ。但し内容は覚えておらん」
「はぁ…」
「ただその夢を見た後は、精を使い果たし、身動きも出来ん程疲れ切ってしまうのだそうだ」
 そんな事が続いたら、身が保たないであろう?と田所は恐ろしげに首を振る。
「だから何がそうさせるのか知りたいのじゃ。何者か判じれば、対処のしようもあるであろう?」
 意気込む田所に対し、百介は紅い顔のまま眉根を寄せて考え込んでいた。
 ―――精を吸い取る怪異…?
 ―――閨に忍び込み
 ―――夢を見せる
 確かにどこかで見た覚えが有る。
「あの…田所様」
「おう。判ったか!」
「いえ。少しお時間を頂けませんか?調べて見ますので」
「そうか…」
 気落ちしたように息を吐きながらも、田所は来た時よりは幾分か明るい表情で帰っていった。
「さて…と」
 あれは確か異国の怪異を記した書ではなかったか・・・と、百介は積み上がっている書籍の山を、あちこちと探し始める。
 こんな時、数の多さが仇になり、中々目的の物は見つからない。
 何時の間にか夜も更けていた。
 探しあぐねた百介が、散乱した書物の中で大きく息を吐いたその時―――。

 りん。

 慌てて裏に面した障子戸を開ける。
「又市さん!」
「こりゃァまた…どうしやしたィ?先生。お忙しそうでやすねェ」
 又市が、矮躯を伸ばし部屋の中の惨状を覗き込みながら、揶揄うように言った。
「もう、又市さんは〜。調べ物してたんですよ」
「ほォ?調べ物をォ」
 ええ、と肯き、百介は又市を中にと招く。
「丁度良かった。又市さんのお知恵を拝借したいんですよ」
「奴の?」
「ええ」
 お願いしますよ、と言いながら、百介の手はすでに又市の御行装束を掴んで離さない。
「わかりやした…」
 又市は溜息と共に肯いた。

 目的に適わない書物を脇にどけ、差し向かいで座る。百介は昼間、田所から聞いた話を又市に話した。
「閨に来る…怪異ねぇ…」
「聞いた事ありますか?」
「そうでやすねェ…」
 そう呟く又市の口角が、幽かに歪む。
「又市さん?」
「そりゃァ、淫鬼でやしょう」
「淫鬼…ですか?」
「夢魔…とも言いやすが」
「…む…ま」
 こういう字を書きやす、と又市は筆を取ってそこにあった紙に書き付ける。
「寝てる人間を襲い犯して、夢現のうちにィ精を奪う魔物でやすよ」
「精を奪うって…。奪われた人はどうなるんです?」
 まさか死んじゃうなんて事に?と、百介は涙目で又市ににじり寄った。
「大ェ丈夫でやすよ。ちィとばかし疲れるだけで…死ぬような事ァ有りやせん」
 何しろ…と、又市は先を続ける。
「この魔物が憑くのはァ、その御仁が気に入ったからで。そうそう簡単に死なれちゃァ」

 楽しめねェでやしょう?

 そう言って又市は、にやりと笑った。
 ぞくり…と。百介の身体に震えが走る。
「おやァ…先生。どうしやしたィ?」
 優しげな声で問いかけながら、百介の頬を又市の指がなぞって行く。かさついたその感触に、百介の身体は熱くなる。
「顔が赤ェなぁ…何故です?」
「な…何でもありませんよ」
 百介は目線だけを反らし、それよりも…と、逆に問い掛けた。
「その魔物から身を守るには、如何したらいいんですか?」
「さァて…」
 又市の含み笑いが間近で聞こえる。
「身を守る方法は…無いんですか?」
 又市さん…と、囁く様な問い掛けは、湿った音に遮られたまま。暫し続く静寂の中に聞こえたのは、衣擦れの音と密やかな吐息。
「まぁ…祈るぐれェしか無ェでやしょうが…先生」

 祈ってみやすかィ?

 身を蕩かす様な声が耳元で囁く。

 嗚呼。祈っても無駄なのだと―――百介は実感した。



 

まだまだ続くよ、どこまでも
へ》》


05,08,06





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